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  05 ,2012

明治大学大学院新領域創造専攻の有志で様々なコンテンツを批評していきます!

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「木更津の女王」 2012 パフォーマンス(演劇)/BankArt 屋外 鈴木平人 
鈴木平人「木更津の女王」


 黒い巻き髪の小柄な青年、銀鼠色のバケツ、緑の毛のついたデッキブラシ、そして一抱えの段ボール箱。もっとも目立つのは、コンクリートに投げ出されて、ついには一度も手に持つこともしなかった、黄色がいやに目立つ小さなアヒルのおもちゃ(パフォーマンスが始まるとそれは作家の遊び心を表明した、ただのアクセントだとすぐわかることになるのだが)。青年はアヒル以外のすべてを抱えて、海を背にし、身体感覚に意識を集中ながらゆっくりと歩く。「でていってちょうだい!」から始まるごく短い台詞を力一杯叫ぶ。そのまま、一段高くなっている木製デッキの上に座り、段ボールから取り出した道具たちで、顔を白、唇を赤に塗り、割烹着をきた。その間、「最後に会った時にそう言われてねえ」と、叫んだ女性がすでに亡くなったらしいことが立て込む台詞と演技にまぎれて冒頭で簡素に伝えられる。
 演劇に無頓着なものでも、この所作が、身体を満たすエネルギーの自制としての歩行、白塗りの顔によって、演劇的と捉えられずにはおかないだろう。土方巽の確立した暗黒舞踏の所作を思い起こさずにいられない。作者であり演者である鈴木平人は、太田省吾論を扱っていたという。その引用は、正統性の高い演劇らしさを強くする。
 どうやら中年の女性を彼が演じようとしていて、その指し示す時代背景が昭和の終わりほどであるようなことが暗示される話し言葉。40年ほど前、木更津の再開発の渦中に売春婦の斡旋で一旗揚げて、豪奢に振る舞っていた女のことを話す女を演じる。台詞は癖のある訛り方で、誰かに喋りかけるような気が置けない口調。まるでその死に対しては何も気にしてはいないと言う風情で活発に滔々と語る仕草。その指し示す女が、彼女にとってどんな存在だったのか。話しの内容は、力強い生き様に対する憧れ、一方的に立たれた結びつきへの執心、そしてそれ以上の愛着のようなものを感じさせる。
 その話しを続けながら彼はデッキから降り、今度はチョークを手に取って、地面のアヒルのおもちゃに関連させて、デフォルメされたアヒルの絵を書き続ける。話しの内容と体の動きの内容は相関せず、台詞によって遮られる体の動きや、体の動きによって遮られる台詞というものがあって、彼はそういう素朴な動きを演出という枠に放り込んだ。剥き出しの海面に紐付きのバケツを投げて海水をくみ上げ、その水を使いデッキブラシで綺麗に自分の書いたアヒルの絵を消して、最後にバケツで再び水をくみ、その冷たい1月の海水で顔をひと洗い。およそ15分ほどの、そこまでが演劇だった。
 40年前、つまり1970年代。1988年生まれの彼(そして同年出生の私)の生まれる15年以上前の話。70年代から80年代というのは、おそらく80年代以後の世代にとって、神話的ですらあるバブルの時代。当時の、今となっては刹那的と感じられるほどの、世界経済の中での日本の奢侈な攻勢を揶揄することや、先達たちのノスタルジックに誇張された話に絡められながら、羨望と幻想の入り交じったお伽話に分類することの短絡さを回避して、ただ単に、その時代に生きた人の、今過去を振り返りながら出てくる言葉をなぞるという筋書きのシンプルさは清々しい。また、屋外で演じることで、演出しなければならない要素を極端に絞って、タイトル、台詞、演技、小道具と衣装、というわずかな部分を演出するに留めたことも、いかにも演劇で使われる物語のフィクション化を回避する手法として正統であるように思われる。結果的に、ある女性が語る現実的な話であるという鈴木平人の主張を、演出が大きく肯定している。


 あるとき祖母から、祖母の従姉妹の話しを聞いた。(…)それももう40年以上前の話だが、その従姉妹が最近、急に持病が悪化して亡くなったという。
 その話しをする祖母の視線が、まっすぐ私に向けられているとは感じられない。かといって自身の内側を覗くでもなく、ただ空をさまようのでもない。その視線は一体何と見合っていたのだろうか?その祖母を演じることを通して、直接は会ったことがない他者の死を語る。
(先端芸術卒業修了展2011「出展作家」欄より http://www.geidai.ac.jp/event/sentan2012/)



 この文を読まずとも、おそらく彼が彼自身の血縁に関係する何かを演じたものだということは感じられる芝居だった。だがこの配役を理解することによって、演者である鈴木平人が彼の祖母役であり、我々観者が彼の役だという位置の推移が起こっていることが、はっきりとわかる。演劇的方式を強く採用したこのパフォーマンスで、明確に区切られた舞台は無く、人は同じ地平の高さにいるというのに、演者と観者の隔たりは効果的なまでに強調されている。祖母と孫とで取りなす親しげのある空間で受けた、その絶対的な隔たりは確かに、祖母の役を演じる老年の人の日常のごく些細な演劇的な振る舞いといえるのかもしれない。
 彼の演じた女が明確に彼の祖母であったことは、現状の、2000年代に入ってやっと描きだされてきた高度経済成長期渦中そしてそれ以後の現実を描き出すことの、ひとつの大きな制限を感じさせる。未来を生きる我々にとっては、今後経済的な右肩上がりは見込めずに徐々に衰える日本経済という閉塞的な結末の見え過ぎている切実な現実と、陸続きの祖母の記憶。これが、彼の母か父ではないのは、やはり先行者の郷愁の染み込んだ叙述で40年前を捉えるしか無いという現状を感じずにはいられない。おそらくこれからこの時代の説話化がふたたび始まる。それらはおそらく叙情的すぎる。ある事をありのままに述べることの安堵感から、作者はどう抜け出すのか。鈴木の場合、それは正統的アングラ演劇の引用によってうまく切り抜けている。

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フランシスコ・デ・ゴヤ「愚の愚9番」1825−28年頃 リトグラフ
ごや


 夜空のような淡い黒色の中を飛ぶ、黒く大きな翼を背負った人間が4名、小さなタブローに刷られている「愚の愚」という版画。リトグラフ技法で刷られたこの絵は、もと白かった背景を、試し刷りの後に黒くしなおしたのだという。この画面に登場する翼のある人たちは、当時の力学の夢想の一つだった飛行翼を付けて飛んでいる人である。この鳥人間は、空を暗く陰鬱にしたことにも起因するが、処女銅版画集<ロス・カプリーチョス>43番の「理性の眠りは怪物を生む」で眠りにつく男の背後に群がる大きな蝙蝠のような怪物のイメージとだぶる。
 エッチングを主として制作された<ロス・カプリーチョス>では油彩画との筆致の相関はあまり見られはしないものだった。<素描集G>の中の絵が描かれ始めたころからゴヤはリトグラフ技法を習得する。「愚の愚」は、その筆の速さ、軽快さが版画に導入されるその時のものである。そのような技法を獲得したことで、筆の軽やかさは増し、イメージもまた鉛筆やチョークでのスケッチのように軽やかに飛翔した。<妄>では、処女版画集に見られた動物の擬人化を発展させ、人の役割をになうのはキメラ的な異形の雑輩となった。「愚の愚」では、空を暗く塗り、初版のイメージにあらためて、あえて立ち戻ることをしたように見える。「理性の眠りは怪物を生む」という文言と、理性に属する科学成果である飛行艇との皮肉な関係を示しているようだ。そのような機転は、リトグラフ技法の製版の簡易さに助けられたところに負うところがある。
 「着衣のマハ」(1800-07年)の前後数年で描かれた大きな油彩画の、瑞々しい空気感、突き抜けるような青空、きらびやかな衣装の装飾の表現とは一転して、「愚の愚」が収められた<素描帖G>や、それに続く1820年代以降の素描、版画集<妄>(1864年初版)、には異形のものが多く登場する。このゴヤの2面性のある絵画で一貫するのは、ゴヤと世間との近くはない距離と、皮肉っぽい目線、そして筆つきの軽やかさだろう。
 肖像画の下絵の慎重さに比べ、大画面では筆の速さを利用した描写によって態の良い肖像画を仕立てあげる。ユーモアと皮肉がゴヤをゴヤたらしめるものなのだと思う。
 先行的モダニストとして、今では近代絵画の枠組みに入るゴヤの絵画。肖像画や彼の自画像を見ると、典型的職業画家として顧客に求められた像(不自然にねじれた形態や、華美な描写によって、貴族に対する批判を備えてはいるともいわれるが)をそつなくこしらえるゴヤの態度は、ナポレオンに翻弄されるヨーロッパの中で、自分の立場を一段上に置き俯瞰する態度であるように思われる。それはスペインの伝統的な制度や固定的観念についてはもちろんのこと、「愚の愚」のように、人々が夢見る、きたる未来についてさえも啓発をうながすものである。しかし、その態度からはいささか楽天的な部分、典雅な啓蒙思想がやはり散見される。

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森と氷河と鯨と-ワタリガラスの伝説を求めて

森と氷河と鯨―ワタリガラスの伝説を求めて (ほたるの本)森と氷河と鯨―ワタリガラスの伝説を求めて (ほたるの本)
(2006/08)
星野 道夫

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アラスカに住むアサバスカンインディアンの人々が、わたしたちと同じモンゴロイドの顔をしているって、知っていただろうか?わたしは恥ずかしながら知らなかった。
  星野道夫の写真は、すんなりとアラスカの物事を教えてくれる(もちろん断片的に)。その文章も同じくらい多くの事を。本書の題名に並置されている単語は、今回の彼の写真紀行の背骨である。その肉付けをしていくのは、アラスカインディアンの若者ボブ・サムを代表とする様々な土地の語り部たちとの出会いと、彼らの話すワタリガラスの伝説だった。
  ワタリガラスの伝説を求めていく旅の途上、星野は何人もの古老と出会い、消えゆく彼らの物語に耳を傾けていく。だが、結果的に星野が書いたのは、伝説を収集し記録した文章ではない。星野は伝説を記録する事よりも、どのように彼らと出会い時を過ごしたのかこそを記録した。おそらくそれは因果を超える意味を含む伝説と、語り部となった人々に対する敬意のため。
  星野道夫、一九五二年生まれの日本人写真家。二一歳でアラスカに渡り、アラスカ・シシュマレフ村の家族と三ヶ月ほど過ごした。その後日本に戻り大学を卒業後に、写真家としての修行を積んだ彼は再びアラスカでの生活へと戻った。
  本書はアラスカに魅せられた星野の、最後となってしまった写真紀行の連載を纏めたものである。しかも、それは途中で誰のせいでもないままに打ち切られてしまったので、最後には彼の日誌(一九九六年六月三〇日から約一ヶ月分)とフィルムに残っていた写真が現像されて納められた。アラスカから出発した彼は、人や動物や風景に教えられながら、ベーリング海峡を挟んでアラスカの向かい側にあるロシアのチュコト半島へ降り立つ。さらに南下し、カムチャッカ半島での野営中、ヒグマに襲われ、彼は四四歳の若さでこの世を去った。もしも、彼がさらに南下すれば千島列島に繋がり、そして今では完全な日本領土である北海道へとたどり着いただろう。少なくとも二万年前、氷河期の海面低下によって島々は歩行可能な陸として地続きだったはずである。ワタリガラスの伝説、そして星野の旅は、一体どこまで続くはずだったのだろうかと考えずにはいられない。
  彼の最後の日誌の中には何人かの古老の記憶の断片が書き付けられ、添えられた写真にはモンゴロイドの顔をしたロシアに暮らすシベリアエスキモーの人々。彼らの物語は、星野に何を伝えたのだろうか。星野と彼らはどのように出会い、どんな時を過ごしたのか。それを知る事は出来ないが、ただ、写真に映る人々に私は親しみを覚えずにはいられない。彼らの顔が私たちに似ているからよりも、こちらを見つめる彼らの眼差しが親しみに満ちているからだ。その表情から星野と彼らの関係を読み取ることは許されるだろうか。それは星野にとって、春の雪融けの時のような、満たされた大きな流れの中の貴重な時間だったに違いない。

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アントン・ガルシア=アブリル「トリュフ」2010
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 建築事務所アンサンブル・スタジオ。そのスタジオに所属する、アントン・ガルシア・アブリルがデザインした「トリュフ」は、プロセス重視の建築だ。スペインの郊外で制作されたこの建築は、盆状に掘られた土の中に直接コンクリートを流し込み、洞窟を思わせるような不均整な形態で施工された。この荒唐無稽なアイデアによる大掛かりな制作の様子は、アーカイヴ・ヴィデオで垣間見ることができる。ヴィデオの右隣にはその景観模型が透明ケースに入れられ、模型上部には制作意図を示すパネルが展示されたが、ヴィデオこそが「トリュフ」の最も重要な作品要素だろう。
 10分ほどの短さで簡潔にまとめられたヴィデオ。室内の空間確保のために、ブロック状の牧草を高さ2m以上に敷き詰めることで、コンクリートが流れぬようにした。盆状に固形化したコンクリートの脇を再び土塀で囲み、詰まれた牧草が顔を隠すまでコンクリートを流し込む。そうして出来上がったコンクリートの塊の脇から、唐突に登場する子牛。ロープで口を結わえられた牛が解き放たれて、コンクリートの内部に溢れる牧草を反芻する。映像のバック・ミュージックには哀愁の漂う女性の歌声が流れる。そして、暗転。最後には、完成された部屋の内部そして外観が写し出される。内部のすべての壁面に印された牧草そのものの痕跡は、白いペンキを塗ることで、洒落っ気の効いたテクスチャーとなっていた。また、一番大きな窓の壁面をコンクリートカッターで垂直に切り落とし、この岩の塊にシャープで現代的なコンクリートの表情を取り戻させてもいる。
 このごく単純な工法ゆえに、ガス水道電気などの生活基盤となるエネルギー供給はなされてはいないようだ。ホリデイ・ホームである「トリュフ」だからこそ、このような建築が許されるのか。それともスペインの寛い心が、アブリルの遊び心を許したのだろうか。彼のプロセス重視の建築プロジェクトは、子供っぽさを残したユーモア、そして何としてでもプロジェクトを形にしてしまうパワフルさに満ちている。だが例えばタイトルとなったトリュフで思い浮かべる話の一つ、牛と同等の家畜である豚がトリュフ探しの名人であるということはここではあまり重要な話にはならない。また、この古代洞窟を思わせる形態もロマン、あるいはノスタルジアといった要素を感じさせない。もしくは牧草の入っていた納屋としてこの空間を見た時に、説話的なメタファーとして機能しうることがない。
 それにも関わらず、単純に形態という一側面を追っている結果であるこの作品では、プロセスのストーリー化がなされている。メタファー、象徴になりえるイメージを持つ作品の、説話的要素そのものを無効化して、作品にはプロセスが付随するだけにするということ。スペインという場所の意味、造形ないし意図された形態、牛や牧草などの制作プロセス中に登場するイメージのもたらす定型的に思い浮かべられる複合的な観念によって観者の側におぼろげに形成されつつあるメタファー。そのような象徴学的な読み解きは、説話的な作品を見慣れた観者が自分自身で掘ったただの落とし穴となる。アブリルは、結果としての建築そのものの形態美のほうが彼の興味となっている節があるのだが、それよりも、ストーリーという側面をヴィデオという形で顕在化させ、それをプロセスに付随させた。存在が象徴する説話的要素をあえて空にさせ、その空白を、ユーモアある自前のストーリーによって埋めなおした。絵画にしろ彫刻にしろ複数の存在で作品を構成することで、作品に説話の威光を帯びさせる手法は—特に宗教画の長い歴史では顕著であるがそれ以後も—常套手段であったというのに。アブリルの作品はストーリー化された説話的(ナラティヴ)なものであるけれど、そのような説話的メタファーの延長としてのストーリー化ではないということに我々は留意しなければならない。彼の作品が出来るまでのプロセスは、まるでその場限りの話といってもよいと思う。そしてヴィデオでは、己の行為を取捨選択し、記録としては不完全で史料的価値に乏しいけれど、演劇性のあるストーリーに仕立てあげた。
 建築家のアブリルがプロセス重視の建築に着手したことは、如何にプロセスを重視した作品であるかが、現代の建築や美術の中の評価軸として成立していることを証明する。制作行為でさえも、その場限りの、その過程に固有の=サイト・スペシフィティの部分を要求されている。作家の制作行為という時間の区切りで、プロセスに付随するストーリーが必要とされている。プロセスのストーリー化を行なう作品は、場所性のみならず、象徴性、説話性でさえ、仮設化していくのだろうか。
 アブリルは、このような時代の要請によって結果として形態に語らせることなく、プロセスのストーリーを自ら語る。彼の造形の欲求以上に、その建築家としてのバランス感覚は合理的で理知的だったのだろう。史料的価値のない記録を作ること、つまりプロセスのストーリー化、それは記録の立場を記録ではなくモノにする。彼の作品はそのようにしてモノと記録のバランスを均整に成立させたのである。


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建築、アートがつくりだす新しい環境―これからの“感じ”
東京都現代美術館
会 期:2011年10月29日(土)‐2012年1月15日(日)
休館日:月曜日 (ただし1/2、1/9は開館)、年末年始(12/29~1/1)、1/4、1/10
開館時間:10:00〜18:00 ※10月29日(土)は21:00まで特別延長開館(入場は閉館の30分前まで)
会 場:東京都現代美術館、東京藝術大学(11/10-29「建築、アートがつくりだす新しい環境」WEEKS)
観覧料: 一般1,100円(880円)|大学生・65歳以上850円(680円)|中高生550円(440円)| 小学生以下無料
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オマー・ファスト 「キャスティング」2008
オマー・ファスト「キャスティング」2008年、14分、4チャンネルデジタルフィルム
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 ジープに乗る米兵の出てくる映像が二枚のスクリーンに上映されている。静止画に似せた動画によって作られたイメージがスライドショーのように切り替わる。米兵としてイラク駐留をしていた際のこと、砂漠を軍用ジープで横切っている最中に見た、黒いフードをかぶった女の子を見やる場面。そして、女の子(アイメイクが濃くて赤い髪)と知り合い、初デートで彼女から「愛してる。」と言われ、「君は知り合ったばかりの男になぜそんなこと言えるんだ?」と男が不安と苛立の混じる返事をする。
 映像が投影されている背後に回ると、インタビューをされた男性の映像そのものが流されている。右手に質問する男、左手に受け答えする男の映像だ。その映像は、音声自体は口の動きと同期するものの、切れ目無く一つの物語を話す体になるよう、明らかにサンプリング編集されていた。表に写された唐突な話の筋は、この映像のコラージュによって作られていたのだ。
 衝撃的なのは、砂漠の向こうからこちら側に猛スピードで向かう車に威嚇射撃をし、イラクのある青年を射殺してしまったという兵役中の体験の告白と、それを米軍は「無かった」ことにしたという事実。そしてそれが、ドイツ駐留中の、少女との、ある種どうしようもなく現代的な恋愛説話の一つとサンプリングされているということ。その二つの、性質の違う不幸な話は、いつでも同時に起こりえる。
 彼がイラクの事件の顛末を話し終える前に、我々が虚構と現実という単純な二項をつかって構図を理解ようとするその前に、映像はドイツ少女との恋物語に切り替わる。裏のスクリーンは、インタビューという「現実」がサンプリングされ、虚構が内在させられる。一方表は 、静止画に似せた動画によって、役者の呼吸、まばたき、心臓の鼓動などが登場人物を微かに揺らしてしまうために、「虚構」のためのイメージだけに留まらない。それは生命活動という単位の絶対的なリアルさを保持して、内容の現実味を高める。裏表のスクリーンに写し出された映像に混じる二つの物語。それらを単純な二項の対立として割りきることは出来ない。
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ゼロ年代のベルリンー私たちに許された特別な場所の現在(いま)
http://www.mot-art-museum.jp/exhibition/128/2

展覧会名:ゼロ年代のベルリン‐わたしたちに許された特別な場所の現在(いま)
会 場:東京都現代美術館 企画展示室B2F、1F ※1F展示は10/29より公開
会 期:2011年9月23日(金・祝)‐2012年1月9日(月・祝)
休館日:月曜日 ※ただし10/10,1/2,1/9は開館、10/11,年末年始(12/29-1/1),1/4は休館
開館時間:10:00〜18:00(入場は閉館の30分前まで)